今さら、月村手毬さんのLuna say maybeについて思うこと 不器用なSyngUp!へのラブレター(考察、解釈)

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 イーヴィルな斉藤です。
 最近は学園アイドルマスター(通称・学マス)にハマりました。
 それはいいのですが、悩みができまして、それは「月村手毬さんのLuna say maybeが1日に1回しか聴けないこと」です。
 何度も聴いてたら感情に莫大な負荷がかかるので。それくらい歌詞が、PVが、歌い方が良い。

 好きな歌は歌う方ですが、この曲、うまく歌えないんですよ。なぜなら途中で泣いちゃうから。
 なのでこれは、流れる涙を少しでも止めるための深呼吸みたいな記事です。

※ 学マス始めたてなので親愛度コミュとか追えてないし、動画などで見る気もありません。私はゲーム内で見られるその時を大事にしたいからです。
 そのため、後日のコミュ等と矛盾してるかもしれません。許してね。
(ここのコメで「こういうコミュあってさらに理解が深まるよ」とか教えてもらうのは全然OKです)。

「Luna say maybe」

初星学園 「Luna say maybe」Official Music Video (HATSUBOSHI GAKUEN - Luna say maybe)
Luna say maybe------------------------------EN Credits.▶MusicSong by Temari Tsukimura (VA. Nao Ojika)Lyric written, Comp...

 元動画です。今回引用する歌詞はほぼこちらから出ます。

最初は

ファンや無数のサイリウムが描かれている

 私は当初「月村手毬さんのこじれた内面と一緒に歩む、プロデューサーやファンに向けての曲かな?」と思ってました。

 というのも、PVの後半ではファンの顔やサイリウムが振られる様子や「この場所を大事にしたいの!」というワードが散りばめられていて、この部分はファンに向けた歌だろうと思っていて(これは間違ってないけど)、また、学マス(というかアイマス全体)特有の「アイドルがPのことが好き」という描写を知っていたから、曲全体として「素直じゃない私があなたを愛するためには素直にならなきゃいけない、そのあなたは舞台裏で背中を預けられる人で、運命的な出会いをした」というようにも見えてPラブ要素かな? くらいの受け止め方をしていました(後述しますがそう受け取れるように歌詞を作っているとも思っています)。

 そもそも学マスを知ったのは姫崎莉波お姉ちゃんa.k.aソロ曲はすべて恋愛曲はみだし常連ウーマンの「clumsy trick」と「36℃ U・B・U」でした。なので「みんな熱烈なPラブ曲を歌っているのだろう」と思うのも不思議ではありません。

あたりまえのようにミスリードを混ぜてくる

 先述したとおり、この曲はPラブ・ファン・アイドルという職業に関しての向き合い方とかそういう受け取り方をできるようにしているように思えますが……そこが本筋ではなく、“このエサは強めのニオイがする”と感じました。
 ダイエットフードがなぜか気に入らないネコのように「隠された意図があるだろ」と、オタク・センサーが反応します。というか、わざと嚥下する際に喉に引っかかるようにできている。悪質なモチか。

 それに気付いた理由はいくつかありますが、

自分のことすら愛せないまま 君のこと守れるのかな

Luna say maybe(月村手毬)より

最低だ、もう一回やり直せるのなら 素直になりたい
なりたい、なりたいと 願ったジレンマ

Luna say maybe(月村手毬)より

どうか、正心正銘のこの思いが 君の心(ところ)にちゃんと届くまで ここで、私、全心全霊で歌うから
待ってる、待っている だから、この場所を 大切にしたいの!

Luna say maybe(月村手毬)より

ここにしかないスクリーン

Luna say maybe(月村手毬)より

この4つが嚥下障害を起こしたからです。

①「君のこと守れるのかな」
 仮にファンへの愛を語るなら「守る」としている意味がわからないし、Pラブ表現だとしても年上(アイドルたちは高校生で、Pは大学生という設定があります)を「守る」という言いっぷりは気になります。
 無理に理解しようとすれば、「アイドルがメインに舞台に立つ役目、Pは裏方」という意味では「アイドルがPを守る」とも言えなくもないけれども、いかさま不自然です。
 つまり、手毬が「守りたい」と思った人は誰…?

②「もう一回やり直せるのなら 素直になりたい」
 まるで過去に何かあったような歌詞じゃないですか。
 ファンは論外として、Pラブ的目線で考えてもPと手毬は出会ったばかりで手毬の偏屈さが原因のすれ違いなど起きていない。じゃあ誰との話…?(すっとぼけ)

③「ここで、私、全心全霊で歌うから 待ってる」
 待ってる…? 恣意的に解釈すれば、観客に向けて「私ここで待ってるからステージというこの場所を大切にしたい」と宣言していることも考えられるけど、あるいは「私の正真正銘の気持ちが届く『君』がステージの上に上がってくるのを待っているから、それまでは私がこの場所を守っているから、お願い、この手を掴んで来て!」と熱烈なラブコールを打っているように思える。
 じゃあ、その君って誰? アイドルを諦めていたり、3人での活動を諦めて1人で亀のようにマイペースで進む子のことだったりする?(すっとぼけ)

1人で亀のようにマイペースで進む子?(アキネイター)

④「ここにしかないスクリーン」
 ライブの場合は、本人の後ろに遠すぎたアイドルの表情を写すためにスクリーンがあるわけですが、「ここにしかないスクリーン」は誰の表情を、いやさ歌詞を遡れば「どのアイドルの笑顔」を大写しにしている様子をスクリーンに例えているんでしょうか。
 もちろん、この曲がソロ曲である上に、リリースされた時期から考えるとそこまで深い関係でないRe;IRISの面々(花海咲季、藤田ことね)でないことは明らかです。
 では、誰なのか…?(すっとぼけ)

いったい何陽燐羽なんだ…

 以上の4つが非常に喉に引っかかり、「単純なファン愛やPラブの曲ではないぞ」というのがわかる仕組みになっています。
(大仰に言ってますが、誰でも気付ける仕組みになってます)

 上記から、私はSyngUp!の2人に向けた歌だと理解しました。

歌詞考察

あのね。

Luna say maybe(月村手毬)より

 冒頭の4文字で語ることあんのかよ!と思われるかもしれませんが、この歌の始まりは「あのね。」から始まり、最後は「あのね、」で終わります。
 わかりますか、この句点と読点の違いが!(元気やる気30積・低印象)

 句点は文末に使うことが多く、最初に話かけたのは、聞く者が誰もいない虚空に向けて「あのね。」と語りかけ、返事がない孤独な印象を受けます(実際、PVでは手毬はステージ以外では孤独がテーマかというくらい“独り”で居ます)。
 歌の終わりの少し素直になれた手毬は「あのね、」と読点で終わっています。もちろん読点は文中に打ちます。つまり「あのね、」の先を話す友人がそばにいて、「君にまだ話せてないこと」をこれから話すのでしょう。

「あのね。」が様々なエフェクターを通じて“歪んで”いく(左は読める字だがエフェクターを通した右は字が歪んで読めなくなっている)

 PVでは、「あのね。」の後に大量のエフェクターを通して、手毬の吹き出しになるシーンがあります。これは私は「様々なフィルタを通してからじゃないと話せない月村手毬の心中を描いた表現」と私は感じ取りました。

I say “私、大丈夫? ”Maybe, うまくやれるはず
ずっと走った息継ぎもしないまま

Luna say maybe(月村手毬)より

 一行目では日本語にすれば「私は『私、大丈夫?』と言う。たぶん、うまくやれるはず(と答えた)」と書いてあるわけですが、ここの解釈が面白くてェ…(ニチャア)
 何に関して「大丈夫?」と聞いたり「うまくやれる」と答えたのか、なんですよ。

 通常、①アイドルをやっていくことに対して、自信をなくして「大丈夫?」と内なる自分が心配していて……
 と思いがちですが、
②過去に所属していたユニット・SyngUp!と喧嘩別れして一人になった自分に「うまくやれるのか?」と自答している
 とも考えられるわけです。

 また、ここで「私は大丈夫か?」の問いに自分で「メイビー」で答えてるところをズームインしましょう。
①私が言って、メイビーで返してる。
②そしてこの曲のタイトルは「Luna say maybe」
⇒私(Luna)が言って、メイビーで返してる。
 そう考えると、手毬=Luna=月ってことになりませんか?
(Lunaはラテン語の『月』を指します)(というか、そもそも手毬は“月”村だしPVでも月がフィーチャーされているので月といえばこのチワワ女なんですよね)
 これは後で出てくるので覚えておいてください。

あっそう、終わりが来るなら 別に寂しくなんかはない
真実は心の奥の方

Luna say maybe(月村手毬)より

 ここなんかはむしろ簡単すぎて考察するまでもないですが、「終わりが来るなら」という言葉を使っているのが巧みで、

  • 「アイドル活動の終わり」と解釈するならファンへ「本当はもっとアイドルとしてやっていきたいよ」という想い

  • 「恋愛の終わり」と考えると素直になれない子の「結局自分からはみんな離れていく」と失望が混ざったPラブ要素(に見せる撒き餌としての表現)

  • 「ユニットの終わり」と考えると「別に寂しくなんかはない」と強がっているけどSyngUp!のメンバーへの素直になれない想い

 もちろん、この記事を見てる諸兄には説明するまでもなく「真実は心の奥の方」って言っているのでこれは手毬がよくやる「表面上キツいこと言っちゃうけど後悔するやつ」ですね。本音は別にあるよ、ということです(つまり終わりが来たら嫌だよ、と言ってます)

自分のことすら愛せないまま 君のこと守れるのかな

Luna say maybe(月村手毬)より

 サビで発覚しますが、「世界はこんなに綺麗だと、分かってる(けど受け入れられない)」とか「素直になりたい」と言っているとおり、今のままの自分は嫌いだし「君のこと守れないし、私も一人では何もできない」と言ってるわけですね。
 そして私の解釈ではこれはSyngUp!の賀陽燐羽と秦谷美鈴を守りたいし、彼女らが欠けた私一人では何もできない、と言っていると思っています。
 燐羽はアイドルを辞めようとしていて、そんな彼女だから「守」りたい。
 美鈴は同じ寮室を解消してまで傷つけてしまって、より親友に近いマイペースな彼女を「守」りたい。

 なんなら、SyngUp!は形は違えど、みんなを守ろうとしている節があると思っています。
・燐羽…手毬が体力を使い切る前にアドリブを入れてスタミナ温存させた、というような話が手毬から聞ける
・美鈴…手毬の面倒を見たがるコミュが多い

“信じて”

Luna say maybe(月村手毬)より

 単に俺が「信じて」のところで涙ぐむから抜き出しました。
 皆さんが「信じて」って言葉を使う時はどんな時でしょう? 私は「自分の言うことなんてもう信用されていないけど、それでも最後に1回だけ信じてほしい」というような使い方をすると思います。
 最後の1回です。手毬はまだ若い(15歳)のに、最後の一度だけ信じてほしいのです。何を? もちろん……、

どうか、正真正銘のこの思いを 聴いて
私、全身全霊で歌うから
大丈夫、世界はこんなに綺麗だと、分かってる、分かってる、解ってる…わかってるよ!
ごめんね。じれったい

Luna say maybe(月村手毬)より

「世界が綺麗であると認め、素直に口にする人になること(ひいては自分が人を好きになるに足る人になれること)」を信じてほしいんでしょう。 

足りない、こんなんじゃ誰も愛せないの
止めない、止まることは知らないの
言葉足らず、失くしてしまう物ばかりだ
Luna say maybe…
降るのは、迷be, rainy

Luna say maybe(月村手毬)より

 手毬は素直じゃない割に人には愛される(SyngUp!のメンバーしかり、Re;IRISメンバーにも1-2のメンツに対してもそう)。
 でも手毬自身は「(素直に見て、素直に口に出すことができなければ)まだ誰も愛せない」のが苦しくて、想いが不通になって「失くしてしまう物ばかり」なのでしょう。

愛せ、どんな自分でも
Navy色に染まるまで
時間はかかるかもしれないけど
I know, 輝くしかないこと
ハイライト、塗り続けるしかない
真実はちゃんと、言わなくちゃね

Luna say maybe(月村手毬)より

 ここ何気に難問。
 今まで「素直になれなきゃ人を愛せない」と素直な気持ちで自分の否定をして人と愛されるだけの自分になりたいとしていたはずが「どんな自分でも愛せ」と自己肯定をしています。
 ネイビー色は手毬のイメージカラーですね。
「時間はかかるかもしれないけど」についても疑問です。
 PVでも手毬は常に走り続けていて、コミュでも「体力と引き換えに通常以上のパフォーマンスを引き出せる」という手毬が「時間がかかることを良しとするわけがない」のです。
 さらに言えば、この前のサビで「止めない、止まることは知らないの」と言っているのにです。
 これは……、

目に見えるものが 続くと、ずっと
そう、ずっと 思いたい

Luna say maybe(月村手毬)より

 こっちの否定がかかっているんじゃないかと思うんですよね。
 目に見えるものがずっと続くと思いたい、けどそうじゃない。
 長い時間をかけてどんな自分でも愛すことや、輝き続けることやハイライトを塗り続けることが正しいとわかっていること、真実を言わなければならないこと。これは正しいけど、正しいだけの理論だと口に出してみただけの否定なんじゃないかと思っています。
(あるいはまだ素直になれていないのかも)

君に、半信半疑な素振りして
心、空回り、遠回り
最低だ、もう一回やり直せるのなら
素直になりたい、なりたい、なりたいと
願ったジレンマ
このまま、1人じゃ何もできない
全部、決めるのは、自分次第
初めて背中をみた時に、覚悟を決めた。

Luna say maybe(月村手毬)より

 もう一回やり直せるのならSyngUp!のメンバーに素直になって燐羽にフォローしてくれてありがとう、美鈴に休ませてくれてありがとう、と伝えたいのだと思ったのでしょう。

「願ったジレンマ」の部分、ちょっとややこしいのですが、素直になれない自分の元からSyngUp!の2人は去って行った→どうにか素直になって人を愛せる人間になりたい→でもこのまま1人じゃ何もできない……というジレンマを書いているのではないかと思います。エモ~。
(ちなみに、手毬は歌唱力以外何もない生活力がない方で、1人では寝ぐせのまま登校するなどの意味でも「1人じゃ何もできない」が使われていると思います)
 そんな何もできない手毬が「全部決めるのは自分次第」と自分で立ち上がろうとすることの美しさといったら。挫折を味わったことのある人間なら心動かされるものでしょう。

 で、またエモポイント。
「初めて背中をみた時に、覚悟を決めた。」は、2つの解釈があって、
①SyngUp!解散時に燐羽や美鈴の背中を見て「私は素直になって彼女らに愛されるに足る人間になると決めた」
 という解釈と、
②燐羽(姉の賀陽継だったかも)の背中を見てアイドルを目指すと決めた(NIA編でそういうコミュがある)

 なお、PVでは、

手毬が丸い放射状の光のようなものを見ている

 手毬は上にある光の球、つまり太陽を見ている描写がある。
 そして美鈴曰く「りんちゃん(燐羽)は太陽のような存在」と言っていて(そもそも燐羽の名字は賀“陽”だし、公式が“月”村と対比したがってるのは明らか)、手毬は燐羽を見てアイドルを目指していて、話し方とか性格も似せるくらいの憧れの的。
 月並みですが(月に対して使う慣用句ではないな)、月は太陽からの光を浴びて輝く様子を、「背中をみた時に、覚悟を決めた」ことにかけているのでしょう。

「覚悟を決めた。」時にはまだ荒いが翼が生える

 決意だけで荒削りながら翼を作り出せるところが手毬の天才性の発露だと思う。

どこまで いけるのか 届くのか
わからないよ 臆病が そこに立っている
3秒前バックステージ 震える背中を君に預けて
この運命的出会いは きっと、そう、きっと
偶然みたいな 多分、神様のいたずらです。

Luna say maybe(月村手毬)より

 前半は覚悟を決めたけどどこまで行けるかわからなくて泣き出しそうな(実際の手毬はかなり泣き出しやすいキャラなのに踏ん張ってるのがよくわかる)シンプルな描写。

「3秒前バックステージ~」以降は解釈が分かれるんですが、
①SyngUp!でのライブの時、肩を預けられる親友2人との出会いは運命的で、神様のいたずらだった。
②現在のライブの時、プロデューサーに肩を預けて、この出会いは運命的で、神様のいたずらだった。
 どっちか、あるいはどっちもなのかもしれません。

どうか、正心正銘のこの思いが
君の心(ところ)にちゃんと届くまで
ここで、私、全心全霊で歌うから
待ってる、待っている
だから、この場所を
大切にしたいの!

Luna say maybe(月村手毬)より

 これも2つの解釈があって、
①観客に向けて「君の心にちゃんと届くまで全身全霊で歌うよ、ステージでいつでも待ってる、あなた(客)と会えた場所だから大事にしたいの」としているのと、
②熱烈にSyngUp!のメンバーに「ちゃんと届くまで全身全霊で歌って、アイドルとして、ここで待ってるから(アイドル諦めたりしないで)来てよ!!2人と会える場所だからステージを大切にしたいの」というラブレターに見えるんですよね…。

これが、正真正銘の私だ!
大丈夫、もう怖くはないわ
たまにつまづくことなら、あるけれど
1番特等席で君の笑顔見たいんだ
私だけの特権
見えない未来、手探り
今日もステージの上で証明して見せるから

Luna say maybe(月村手毬)より

 これ少女の成長の物語だったんだ、というのがわかる大サビ。
「大丈夫もう怖くはないわ」と「たまにつまづくことなら、あるけれど」を入れ替えると、「今までつまづくことを恐れていたけど、今では簡単なつまづきだと理解して進むことができる」という風に読めます。

「1番特等席で君の笑顔見たいんだ 私だけの特権」は、やはり解釈が3つあって、
①Pに対して「ライブ終わりのあなたの笑顔を1番の特等席で見たい」と言っている(ように見えるように作られている)
②ファンに対して「ファンの笑顔が見られるステージの上のことを逆に特等席(本来は特等席はファンが座る側の席)と言っていて君の笑顔を見せて」と言っている
③SyngUp!のメンバーに「ステージの上で、同じアイドルとして笑い合える一番の特等席だ」と言っている

ここにしかないスクリーン
really! re@lly!

Luna say maybe(月村手毬)より

「ここにしかないスクリーン」は前述したので省略。
 re@lly表記のアットマークはアイマスシリーズへのリスペクトですね(シリーズ名がIDOL M@STERのため)。

君にまだ話せてないことばっかりあるんだ
聴いて欲しいの
あのね、

Luna say maybe(月村手毬)より

 これについては解釈が~~ってのも野暮ですね。
 Pでも有り得ないし、ファンでも有り得ないし……となるとSyngUp!のメンバー以外への語りかけ以外有り得ないですね。

最後の「あのね、」はエフェクターを通さずプラグが伸びていく

 PVではエフェクターを通さず「あのね、」は歪まないままプラグが伸びていくのが「フィルタを通さず少しだけ素直に話せるようになった」を暗喩して終わります。エモ。

PVのこと

白黒の正体は?

 このPVではかなり初期から白と黒の丸が出てきます。基本的にはオセロっぽく描かれているかな。
 これは私の勝手な解釈ですが(今までもそうだろ)、以下のメタファーだと思っています。

①月(手毬)と太陽(燐羽)
 これはオセロのように表裏一体な関係、という意味なのかも。手毬はかなり燐羽に影響を受けて性格とかを似せているとコミュで言及されていたのでそういう意味では本物と偽物の表裏一体で似たもの同士かも。

スポットライトも白黒の丸

②スポットライト
 スポットライトが当たる=アイドルをやっている手毬
 スポットライトが消えている=アイドルを諦めた燐羽
 を表現しているのかもしれません。
(だとするなら①で言った光らない手毬(月)と光る燐羽(太陽)の位置はあべこべになっちゃいますが)

PVの謎

“4つ”の吹き出し(手毬がエフェクターを通した時にできる吹き出し)
“4つ”のスポットライト
誰かのイスを求める手毬

 PVでは、目立つというほどではないんですが、“4つ”のものが出てきます。
 SyngUp!は現状、燐羽・美鈴・手毬の3人グループと言われていますが、構想時点ではもう1人いたとか…?
 また、誰かの赤いイスを求めて手を伸ばす手毬が出てくるシーンがあるんですが、キャラにイメージカラーを付けるアイマスが適当に赤のイスなんか出すわけないし…本作の赤担当の咲季はあんまり関係なさそうだし。その構想時点のキャラはイメージカラーが赤だったのかもしれません。

 あるいは賀陽継(燐羽の姉)が赤のイメージカラーで、そのイス(座)を目指している…という解釈にできなくもないけど、じゃあSyngUp!の4人目かというと全然そんなことないし。

 ここは謎ですね。

秦谷美鈴「ツキノカメ」との関係

初星学園 「ツキノカメ」Official Music Video (HATSUBOSHI GAKUEN - Moon Turtle)
Moon Turtle▶MusicSong by Misuzu Hataya (VA.Non Harusaki)Lyric written, Composed, Arranged by mifumeiVn.1 Yuki MukoyamaVn...

 独り言の「あのね。」と呼びかけているLuna say maybeに反して「さよなら」から始まるのは対比利いてていいですね。
 ちなみにLuna say maybeのPVはほとんど手毬が走っていますが、ツキノカメでは美鈴は終始歩いてます。走りません。マイペースなので。

 さらっと行きますが、

ねえ、いつかあののように そっと誰か照らせるかな
迷うこと 愛すること 全部知っているやさしさが欲しい

ツキノカメ(秦谷美鈴)より

 月=手毬であるというのは何度か言いましたが、これを見ると手毬のことを憧れる対象としているのがわかります。
 手毬本人は「素直になれない自分なんて愛される価値がない」と思っているような歌詞でしたが、そういう迷い、人を愛することの葛藤を知っている「やさしい」人だと評していることになります。強火…!

 そもそもの話、この楽曲、ツキノカメはカタカナなのでわかりにくいですがPVにも亀が出てきますし英名もMoon Turtleなので、月=手毬とするなら、亀=美鈴を指していることがわかります。
(美鈴はレッスンをサボりがちだし、手毬に「早くしないと(アイドルとして)置いていくよ」と言われた時でも「私はゆっくり歩いて向かいます」とマイペースを崩さないキャラとして描かれています、そういう歩みが遅いところが亀とされたのでしょう)

 さて、月と亀、と言えば「月とスッポン」の話が出てくるのが普通でしょう。
 月とスッポンとは、要するに「比べものにならないほど差があることの喩え」です。
 少なくとも美鈴は、手毬に対して「私と比べものにならないほど優れている」と評価をしていることになります。
(最初は手毬のフォローばかりしていた燐羽と美鈴ですが、そのフォローだけでは説明できないところまでSyngUp!は到達してしまいます(中等部のナンバーワンユニットになった)。これは手毬の伸び幅がバカエグかったということでしょう。そら俺が美鈴や燐羽なら手をかけるほど伸びて中等部のトップを伺う子のフォローしたくなっちゃうよな)

余話・ツキノカメに見る美鈴の異常性

 ……とまぁ、色々言いましたが、私はツキノカメに関しては別のニオイを嗅いでいます。
 それは秦谷美鈴の異常性です。
 ツキノカメが「まりちゃんすごい、憧れるよ~」だけの楽曲だったらいくらか楽なんですが、美鈴は「比べものにならないほど優れた月のようになりたい」と言っていますが、これは「月そのものになりたい」という意味ではないし(これは明確に否定されています)、さらに言えば「いや、なる(確定)」という強めの決意が行われています。
 ツキノカメでの一番の主張、それは歌部分ではなく明らかにセリフ部分に集約しています。曰く、

私は私でいたいから

ツキノカメ(秦谷美鈴)より

 月とスッポンとまで評するまでに彼我の差があると自覚しておきながら、「私は私(亀)でいる」その上で「月のようになりたい」という、種族も越えたレベルの飛翔を果たそうとしています。
(実際、美鈴は飽くまでマイペースのままアイドルのトップになろうとしています)
 美鈴はP評価で「傲慢さ」がカンストしていることが知られていますが、まさしく傲慢。
 ただ、月とスッポンというのは才能の差ではないように思えて(実際歌の中でも「あの月のように そっと誰か照らせるかな」とやさしさを評価している)、美鈴も手毬と匹敵するレベルの才能の持ち主だと思っています。じゃないとサボりまくってるのに強い理由がない。

 また、「月の手毬、太陽の燐羽に対して、美鈴は何?」ってなると思いますが、答えとしては「なんでもない」のだと思っています。なんでもない、空を見上げて地道にゆっくり努力をして進むカメなのでしょう。
 逆に“月”村手毬、賀“陽”燐羽と来て秦谷美鈴という名には何も対比するものがないのは、むしろあざといくらいです。ある意味特別扱いされているな、とすら思っています。人の身で太陽や月と比較されているわけですから。

最後に

「私とは性格が違いすぎて…」どのツラ下げて貴様…💢

 いや、学マス自体のコミュで手毬が「ひねくれた女の子の歌」、「私とは性格が違いすぎる」と言ってて、手毬自身が「自分を表した歌ではない」と思っている節があるので、Luna say maybeの歌詞=月村手毬の考えである、というのが誤りである、という向きはあるだろうし、そう考えるのが普通かもしれません。
(どうでもいいけど、曲を渡されてすぐ歌詞の意図を看破する卓越した表現力が彼女の歌姫たる所以なのかもしれません、まぁゲームのシナリオだから長々と理解するパートを入れなかっただけだろ、と言われればそうかもしれませんが)

 でも仕方ねーだろ、こんな見るところしかないPVと考えるしかない歌詞をお出しされたら。考えざるを得ない。そういう生き物なんだよオタクは。

 終わり。

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