noteの値付けと経済活動

 noteは有料で記事を売ることができるが、私には売れる文章がない、と思っている。

 最近書き始めたエッセイもそうだが、プラグインや機材レビューについても、「売る人もいるだろうけど俺のは売れる文章ではないよな」と思っている。

 では、売れる文章とはなんだろうか。
 ネームバリューがあって、文章量があって、体裁が整っている文章のことだろうか?
 好きな人が買えばいい、と思えばネームバリューは不要だし、私のレビューは文章量が多く、体裁も最低限整えている。一見、「売れる文章」の条件を満たしているように見える。

 というか、私の考えをぶっちゃけて言えば「売れる文章かどうか」は私が決めるものではなく、もっと大きな「経済」という概念が決めるものであろうと思っている。
 私は私の書く文章を知っているから、それに価値を見い出しづらい。
 一方で、私はレビューが少ない機材のレビューをしているので、ピンポイントでニッチな層に役に立つ記事を書いている可能性がある。そこに数百円の値がついてたら買う人もいるかもしれない。これは完全に需要と供給が合致した立派な経済活動である。

 しかしここで悲劇なのは、「売れる文章かどうか」は経済が決めるが、「売るかどうか」は私本人が決めるということである。
 イラストを描いている人、動画製作をする人などもそうだが「自分のスキルを商品棚に並べるかどうか」と「いくらで売るのか」は自分で決めなければならない。
 例えば、パンを焼いて売るなら「材料費+人件費+利益」などである程度機械的に価格を設定することもできようが、半分趣味のnote執筆では決められない。売ってもなくなるものでもないし、一番情報の価値の知らない自分が価格設定をしなければならないからだ。
「noteで設定できる最低額にする」というのも誠実さに欠けると思っている。商売をするからには胸を張って価格設定の根拠を答えられなければならないと思うからだ(飽くまでも自分は、という話だ。他人を責めるつもりはない)。

 恐らく、note側からしても「たくさん有料記事を書いて儲けてくれる人」からは手数料もたくさん取れるだろうし、一番の上客なのだろう。無料で記事を書き続ける人たちはいわば「にぎやかし」の要員でしかなく、noteが流行ってるように見せるためのサクラに近い。
 note側にとって良い客になりたくはあるが(私はこのゆるゆるなプラットフォームが気に入っている)、私は今のところ記事を売るつもりはない。
 いや安定して500いいねくらいつくなら売るかもしれないが(noteで儲けてる層って何いいねくらいあるの?)、今の状態では売れても年間数百円くらいだろう。

 価格のことがなくとも、売るからにはそれなりの根拠を用意した文章で挑みたいが、そもそもnoteは「ブログよりラフに書ける場が欲しい」という思いで始めたので、絶妙にマッチしていないことになる。

 悩ましき哉経済活動。

【後記】

 所長@迷走中さんという方からフォローをいただいたので直近の記事を見てみたら、有料コンテンツに対する危うさについて数年前に書かれていて驚いた。そうよね、難しいよね。
 せっかくなのでお蔵入りしていた「note有料ってムズいよね問題」について触れることにした。

 自分にはお蔵入りの記事が50記事くらいあって、エッセイ的に書くときはその記事をこねくり回して記事にしている。
 ぶっちゃけ散文をまとめあげるよりも一から書いた方が私にとっては投稿しやすいが、推敲の能力を上げたいと思っているので頭をひねっている。
「自分の文章のここが要らない」を推敲する能力って、自分の価値がわからない自分がやっているという意味では今回のnote内容とも被る話だなぁ。

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