「三行半で撃たれぬ雉となるまで」

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 近藤康太郎さんの三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾を読みました。分類としては文章の書き方について触れた本です。

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 さて、私は「書籍から手に入れる知識は一冊から一個ありゃ御の字」が信条です。
 というと悪い読み手のようですが、「その人が長年心の中に仕舞っている主張(あるいは知識、信仰)が欲しい」という立場です。
 むしろ、書籍の内容にすべて同意できるのは、本を読んでいないか、あるいは自分というものが極端に薄弱なのです。

 私の信条はともかく、内容で気になったのは慣用句を使うのをやめようという主張です。
 曰く、「こぼれ落ちそうな瞳」などの慣用句を使った時点で、本物の「瞳」を見ているのではなく、知っている日本語から合った表現を探しているだけで、あなた自身は「こぼれ落ちそうだ」とは感じていないだろう、という趣旨です。
 読んだことのない本でも、有名だけは言葉を知っているという方は多いでしょう。あめゆじゅとてちてけんじゃ。イワンのばか。名文は作者が自分の目で見て考え抜いたからこそ未だに残っているのだ、という主張ですね。
 毎回、きちんと対象を見てその都度合った表現をしてみませんか、という呼びかけがされています。

 その呼びかけの内容が正しいかどうかはともかくとして(作者の美意識の問題ですから)、面白そうなのでその制約を勝手に試してみます。
 というのも私は趣味で小説を書いており、特に言葉遊びが好きです。そして言葉遊びとは結局「慣れ親しんだフレーズを転がす」なので、それを封じられたわけですね。上手でもないのにマンネリになっている私にとっては好みの提案です。
 こぼれ落ちそうな言葉を、あめゆじゅとてちて賢者となるべく、言ワンが花としてじっと口をつぐみましょう。三行半で撃たれぬ雉となるまで。

 そうです、私は割と素直なのです。

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