「その作者じゃなきゃ書く意味がないもの」って結構卑怯な言葉じゃないか&二次創作の書き方への文句

もっと幸せな話が書きたい|やこ
4月なかばくらいから深大寺恋物語という文学賞にだす小説を書いていたのだけども、会社の仕事をしてる最中にとつぜん、「いや!もっと幸せな話が書きたい!」といてもたってもおれんくなり、全ボツにしてあたらしく書きはじめた。いやほんとにね、暗い話で…...

コラムニストもエッセイストの夢を見る

 私はやこさんの日記が好きです。エッセイ的でピックアップする話題はアトランダムに見えるけれども、気が付けばやこさん色パステルカラー、みたいなまとまりを感じています。
 ある種、私と反対の性質を持っているから気になるんですが、私の好きな「取材・執筆・推敲 書く人の教科書 」(古賀 史健)の中では、
・自分の心の中について掘り下げていくのがエッセイスト
・根拠を示してその物事を掘り下げていくのがコラムニスト
 みたいなことを書いていた気がします(あやふや)。

 それでいうと私はコラムニスト、つまり理屈ありきの人で、自身のケツの穴でさえ自分で見たことがないので存在を信じていないほどの理論派(理論派?)なんですが、まぁ、とかなんとか言いつつ自分のピュアな気持ちというものを人前に出すことにカマトトぶっているのかもしれません。
 まぁ、普段このアカウントではレビュー記事を書いているので理屈的にならざるを得ないこともあります(根拠もなしに褒めたりできませんもんね)

 逆に、私が書く小説では心の在り方を大事にしています。
 例えば、六人の敵と戦う彼と妖怪の物語では、敵と戦う振りをして彼の心模様を描いています。これは私の「人間は出会うべき時に出会うべき人・物・本と出会えるからだ」という根拠のない思い込みに起因する小説です。
 敵からキーワードのような何かを受け取って、パズルにもならないでたらめな欠片を、鳥の巣のようなささくれだったみすぼらしいセンテンスを花束みたいにギュッと握って、ただとある人物に届けるだけの物語だったりして、いかにもこれには私の心のやらかいところを文章化していたりします。
 他にも魔法が使える世界の魔法が使えない少女の話。同じ”魔法が使えるけど使えない”友達に世界が否定してもそれでも君が大好きだとハグをするためだけに百ページ書いています。

 私は俳句や詩を水の中に垂らした絵の具のように感じていて、その形や色を以て周りが「これは恋の歌だ」「いやさ親子の情だ」なんてロールシャッハ・テストをしているものだと感じていて、一方で、小説は表したい事象以外のすべてを書いている……と思っています。
 壺の形を表すには壺そのものを書くか、壺以外のすべてを描くか、という話。
 小説家というのは回りくどい方法で壺を書く人々なのです(たぶんね)。


 さて、正しい意味での閑話休題。ここまでが余談。
 文章を書くということは、死ぬことと見つけたり、見つけなかったり。ラジバンダリ、中臣鎌足(なかとみのかまたり)。

 最初に書いたやこさんの日記のここ、気になりました。

井上荒野さんの深大寺恋物語に対する選評は全アマチュア小説書きに読んでほしい。わたしはこれを読んで、荒野さんがこんなに親切に、才能のない人間に必要なものを教えてくれてるんだから、ちゃんと考えなけりゃうそだ、と思った。

もっと幸せな話が書きたい

 さらにリンク先について、重要なのは以下の部分です(他の部分もイイから読もうね)。

 粗があっても、破綻があっても、その作者にしか書くことができないもの、その作者がそれを書く意味を持っているものが、小説です。読み物というのは、すでに世の中に出回っている物語のパターンを、登場人物や設定を変えて(この賞の場合だったら、舞台を深大寺にして)焼き直しただけのもの。安心して読めますが、衝撃も興奮もない。最初の五行を読んで予想した通りの結末になるもの。

第七集、井上荒野先生の選評の抜粋

 さて、ここらへんは私が同人誌に出稿したときに書いた記事と被っているのですが(えへへ)、「その作者がそれを書く意味を持っているもの」とはなかなかに問題表現です。というか、卑怯であるとさえ言えます。

「あなたが書かなければならないもの」だとすれば、これはわかるんです。周りが放っておいても書き始める、あなただけの物語という意味だと思っています。「通学路に生えていたキンモクセイは臭いので嫌いだった」とか「空の冷蔵庫のくせにブーンと鳴って生意気だと思った」みたいなあなただけの心の動き。そういったものを交えて書きたくて仕方のないものです。

 一方で、「作者が書く意味を持っているもの」とはなんでしょう。京都旅行に行って、「へーこれが清水の舞台かぁ。きれいだなぁ」と思ったことは確かに真実ですが、100人中98人はそう思うことでしょう。残りの2人は蒸し暑さで見逃したのかな。それを書いたって「あなたが書く必要はないだろう!」と言われれば然もありなん、そりゃそうだ。じゃあ変な感想を抱こうと一生懸命になればいいのかって言えばそれもおかしい。創作ってのは素直な着想が第一ですから。

 娯楽になる書籍に書く意味のあることなんか、ありませんよ。
 そんなの、知ってるだろう、井上さんよ。あなたは今まで書いた物を何人に無視されてきたんだい。何人に立ち読みだけされて見切りをつけられてきたんだい。あなたはうちの本棚には不要だと、何度言われてきたんだい。

 いやね、私は知っていますよ。
 この件は「取材・執筆・推敲 書く人の教科書 」にも触れられていて、「作者が書く意味のあること」とはつまり「オバマ元大統領がアメリカを語る」とか「医学博士の養老さんがバカの壁を語る」とか、そういうのです。「特別な立場にいる人が業界を(あるいは非業界を)語る」という図式です。わかるわかる。

 これはあなたにもできることであって、例えば「コンビニ店員が語るヤンキーの序列について」とか「売れ筋のコンドームから見る地域における客層の変化」とか「タバコを買う人はなぜ滑稽なほど急いでいるのか」とかの書籍を書いていたら、そりゃ読みたい。
 でも、それは編集者が売りたい本であって当人の書きたい本じゃなかったりしませんか?

 ……なぁんて核心を突いた風なこと言ってみましたが、果たしてどうなんでしょうね。誰が何を書きたいか、なんて誰にもわかりゃしない。幸か不幸かさへも勝敗さえも当人だけに意味が有るわけです(獣ゆく細道)。

 私は小説に関しては少なくとも「俺じゃないと書かない小説」を目指しています。
 そんなもんをどうやって書くかといえば、「俺じゃないと使わない言葉」と「俺じゃないと使わない展開」を使って、俺が好む小説を作ればいい。誰かのために書かない文章はどこか主張が散逸してしまうから、あなたがあなた向けの小説を書けばいいのです。
 いやまぁ、売れてない俺が言っても意味がないですけどね。

あと二次創作に言いたいことがある

 二次創作。いいですよね。俺もウマ娘などで書いています。
 でも書いていると「私は文才がないから書けない」と言ってくる輩がそれなりの数いる。

 えっ なに?
 商品でも書こうと思ってる?

 いや、そりゃ言いたいことはわかりますよ。文才とかいうチート能力を携えて一行ごとに嘆息が漏れ漏れの最強SSを書きたいというお気持ちは。
 なるほどそういうことかーっ!って膝を打ちすぎて32分音符のジャングルビートでフトモモ内出血になってほしい、という気持ちはわかりますよ。

 でもみんなそんなもの持ってないんすわ。
 あるとすれば「作品を世に出す勇気が出た」瞬間のことを『文才』と呼ぶのかもしれない。

 そも、二次創作は『応援』だから文才はいらないんですよ。
「サイリウムを振る才能がないからライブ行きません」とかならないじゃん。文才なんてその程度のものです。そしてあなたの心から生まれたものはどんな文才よりも輝いているんだよ。
 それこそ『君にしか書けない』作品を作るのを忘れないでほしい。

 二次創作だからこそ、ファンがすでに言っている「○○ってキャラはこういう性格」みたいな言葉に惑わされずに、原作をやって、「原作のこの子はこういうシチュエーションに落とし込んだらこういう反応をするはず!」というのを書いていけばいいだけだから簡単だァね!
 でも二次創作だからこそ、設定を、キャラクターを、世界観を使わせてもらってるからには、なるべく勉強して不自然じゃない反応をさせてあげてほしい。

 あとな、ウマ娘でエロは書くなよ。各方面に迷惑になっからな!!

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